そもそもの話
家を建てようと思ったのは、ここがひどく荒れていたからです。
50年前、老女がヤギを飼って暮らしていた家は、その後、豪快な老人の家になりました。
豪快な老人が世を去って、以来20年。
ここに住む人はなく、
道は草に埋もれ、屋根にも草が生え、車が置かれたり、小屋が建てられたり、ゴミが捨てられたり、資材が積まれたり、ハクビシンが棲みついたり、ウシガエルが繁殖したり、となりました。
20年放っておけばそうなります。
それでも、私は気にしなかったんです。
放置されてた土地、半分弱が山林で、半分弱が農地です。他に少しの宅地と雑種地があります。
山林のほとんどは自然林です。誰も踏み込まない場所なら、放っておいてもかまいません。
近くに人家があったり道があったりするところでは、里山のコモンセンスが発動します。
危険木・障害木があれば切られます。
先日みつけました。ケヤキです。
これで何か作れますかね?火鉢とか?
農地は農地法の縛りがあるので、知事の許可がないと使えません。
一部は近隣農家や公共事業に使ってもらってきました。借り手がつくのは条件の良い土地だけですが、条件の悪い土地は放っておくしかないもんね。
宅地には廃屋があります。いつ倒れるかと思うけど、まだ建っています。すごく頑丈なのかもしれません。
倒れても、場所が場所ですから。誰かの迷惑になることもないでしょう。昭和につくられた窓と、昭和に葺き替えた屋根以外、木と土と草でできた建物です。放っておけばひっそり消えていくでしょう。
ああ、でも、中に詰まっているものをどかさなきゃ。いつのまに、何かいっぱい詰められています。
おかげで、私は中に入ることができません。私は中が見たいです。
詰めた人は判っています。どかしてもらいます。
雑種地はまともに使われています。
細長い一筆の、一部が駐車場、一部が資材置場、一部が畑になっています。
駐車場と資材置場から入る借地料を、地所全体の資産税支払に充てます。借地料は僅かですが、税も僅かですから。
畑からはおいしい野菜が物納されます。
ということで、これまで放置してきた土地ですが、突然気にするようになったのは、私が齢をとったからです。
ところで、東京にはマンションがあります。家族がいます。それなのに、引っ越すんですか?
はい。
問題はマンションです。
購入して15年、もうじきローンを完済します。
住み心地に不満はありません。管理の良いマンションです。管理が良いので管理費が高いです。年間60万円。
夫は2年後に定年退職を迎えます。収入のなくなった後に、この支出はきついでしょう?
ということは、まともな人ならマンション購入時に考えます。今更考えるのがこの夫婦です。
きついです。だけじゃなく、気に入りません。
ゴミ出しや階段掃除、ポーチの電球交換や雪かきを、お金払って人にやってもらうの、サラリーマンの間だけでいいんじゃないかな。
定年後は自分の時間が持てるんだし、自分の生活の面倒は自分でみませんか。
私はこの数年、研究機関の非常勤職員をしていますが、若い頃はいろんな仕事をしてきました。
本気で取り組んだ仕事を手放すときはしんどいです。そういう経験を2回しています。手放した後の放心状態から立ち直るのが大変なんです。
夫は35年同じ仕事を続けています。仕事の虫です。仕事以外の、自分の時間の使い方、すごくへたです。
ですから、
ゴミ出しや掃除、電球交換や雪かきを、自分でやってみませんか?と言っています。藪を払って、道をつくるの、おもしろいですよ?
夫はうんとは言いません。考えてみる、と。
ゆっくり考えてください。あなたには時間があります。
私はちょっと急いでいます。クリアしなくていけないミッションがいっぱいあるんです。
都市計画法とか、建築基準法とか、農地法とか、わけが判らなくて先が読めないんです。
急いでどうにかなるわけじゃないけど、のんびりしてはいられない。
もうじき春ですし。
東京には管理の行き届いたマンションがあります。考え中の夫がいます。子どもは手を離れました。
ここには手入れの必要な土地と、処置の必要な廃屋があります。そして、古い記録があります。
蔵にしまわれてあった300年前の記録を、読み解いて記憶している父は89歳です。
ということで、私がここに建てる家は、一人暮らし用の小さな家です。
市街化調整区域で開発行為を行う資格がとれたら、家を建てます。
資格、とれるでしょうか?