追憶のリンゴ
追憶の
昔、母の実家にリンゴの木がありました。
大谷石の門の内側に、マツの木と並んでありました。
子どもの頃の夏休み、おじいちゃんの庭ではもぎたてのトウモロコシ、もぎたてのトマト、もぎたてのキュウリ、とリンゴが食べ放題。
トウモロコシとトマトとキュウリはもぎたてが格別です。
トウモロコシの食べ方はこう。
庭にかまどを組んで、鍋に水を張って火にかける。お湯が沸く間にトウモロコシをもぐ。皮をむく。お湯が沸いたら放り込む。オニヤンマを追いかける。茹で上がったトウモロコシを食べる。
トマトとキュウリは蔓からもいで、井戸水で洗って、ついでに冷やして。
しっかり冷やした方がおいしいけど、時間で味が変わるので、どのくらい冷やすか悩むところ。トマトはそのまま、キュウリは味噌をつけて噛ります。
リンゴはもぎたてじゃなくていいです。竹の籠に入れておみやげに持って帰ります。
それが、どういうわけか、家に帰り着いたときにはなくなってたり。
その、電車の中で食べたのが最後です。
おじいちゃんの家のリンゴの木、今はありません。
おじいちゃんも、今はいません。
小ぶりで、艶のある、青いリンゴ。
昔はお店でも見かけた気がするけど、今はありません。
スーパーでも、八百屋でも、道の駅でも、つい探してしまいます。
見た目似たのはあるのだけど。これとかそっくりなのだけど。
味が違います。
追憶のリンゴはしゃきっと固く、くっきりした味。酸味が強く、甘さは控えめ、僅かな渋みがありました。それが好きでした。
もう何十年も探しています。みつかりません。
農作物にも流行があって、ジャガイモとかトマトとか、新しい品種がどんどんできています。消えてしまった品種もたくさん。
葉が厚くて、色が濃くて、根元が赤いホウレンソウ。若い人は知らないよね?
おじいちゃんの庭にあった青いリンゴ。しゃきっと固く、くっきりした味。僅かな渋み。
はもう、記憶の中にしかなくて、二度と巡り会うことはないようです。
デジャブな
JAZZ™というリンゴがあります。数年前から見かけるようになりました。
初めて食べた時、「あれ?」っと思いました。
しゃきっと固く、くっきりした味。酸味が強く、甘さは控えめ。
似ています。
なんか不思議な気がしました。
何十年も前のリンゴの味を覚えていたのが不思議。
思いがけないところでもう一度出会ってしまったのが不思議。
これはデジャブなリンゴです。
一株のリンゴを庭に植えておくと幸福になれるそうです。
それはそう。
花はきれいで、いい匂い。丸い、きれいな、おいしい実。なんて木が庭にあったらね。
木陰で休みたかったら木を植えなさいはベトナムの諺。
私も植えたくなりました。
JAZZ™がいいと思いました。
食べた後の種を埋めればいい?
とか思ったけど。
どうも、だめみたい。
これは果樹栽培の常識なんだけど、私は最近まで知らなかったのだけど、
果樹は普通、種からは育てません。
種って普通、雌しべに花粉がついてできるでしょ?
果樹の多くは自家受粉を嫌って、異品種の花粉を欲しがります。
そしたら、できる種は交雑種になるでしょ?
最高級品種にできた種を蒔いても、最高級品種は収穫できない。
というのではつまらないので、果樹園の人たちはクローンで果樹を育てます。
増やしたい木の枝を切って、台木に接いで苗とします。
ミカンをカラタチに接ぐと、カラタチの強靭な根にミカンのおいしい実が育つ、というわけ。
では、JAZZ™の苗を植えればいい?
とか思ったけど。
これも、だめみたい。
JAZZ™の苗、売ってません。
このリンゴ、ライセンス契約がないと栽培できないんですって。
では、私は何を植えたらいいの?
・・・
実はもう、注文してあります。ネットで探して決めました。
届くのにあと1週間かかります。
結実まで3~4年かかります。
幸福になれるかな?