クモの網
クモが網をかけました。リビングの掃き出し窓に。
姪が来たとき、窓を開けようとしたとき、
「そこ、クモの巣、気を付けて」
言ったら、
「うん、壊さないよ」
こういう姪です。
「おばちゃん、飼ってるんでしょ」
いえ、飼ってるわけじゃ、、、
ただ、少し眺めていたかったのです。とてもみごとな造形です。
遠い夏の日、麦わら帽子、
傷だらけの膝小僧、
泥んこのサンダル、
夕暮れ。
薪を燃やす煙の匂い、
見上げる軒に掛かっていたクモの網、
夕空を背景に。
子どもはそれを一所懸命見つめたのでした。
チョウやトンボのように速い動きはしなくて、ずっと見ていられたからです。
手を伸ばしても届かなくて、見ているしかなかったからです。
よく転ぶ子でした。
膝小僧にはいつもすりむき傷、おでこには複層のたんこぶ。
小学校にあがるくらいまで、ずっとそうでした。
私の夏の記憶はだんだらです。
緑色の蚊帳、
廊下に並べて吊るした盆提灯、
池の端のホタル、
薪風呂、
田舎の夏は、当時住んでいた地方都市の夏よりも色濃く、そこで過ごした短い日々は、くっきりとした記憶です。
そして、それがとても遠い日なので、住んでいた都市の記憶がありません。
私が田舎で過ごした夏はほんの数回です。
子どもの頃の私は乗り物酔いがひどく、車でも、電車でも、乗ったとたんに気分が悪くなるのでした。
そのため、一人で留守番ができる齢になると、家族の行事を離脱します。
他にも、祖母の入院やら、母の入院やらがあって、帰省できない夏がありました。
なので、私の夏の記憶はだんだらです。
そしてクモの巣。
夕空を背景に見た、ジョロウグモの巣。
は、傷だらけの膝小僧とセットの、遠い夏の思い出です。
リビングの掃き出し窓のクモはジョロウグモではありません。
直射日光の射す南の窓に網をかけ、その真ん中に、8本の足を2本ずつ揃えてじっとしているからね。
そういうことをするのはコガネグモ。
どっちでもいいです。とにかく大きなクモ。大きな網。
これを、私、しばらく眺めていました。
ある日、台風がきて吹き払ってしまうまで。
そう、今はありません。