ただいまの木
その木はずっとそこにありました。
それが何の木か、私は判りませんでした。
まあ、以前はこんなでしたから、
判りようがありません。
この蔓は払いました。
蔓に木を枯らされるのが嫌だったの。
蔓に覆われた木は弱ります。放っておくと枯れます。
そうして枯れた木が、山には何本もあります。
なので、がんばって払いました。
一昨年、私は家を建てました。
その木のすぐ側に。
木は生き延びていました。元気に葉を茂らせていました。
私は気に留めませんでした。
山にはたくさん木があるのです。
それが、5月、いっせいに姿を変えるのです。
この木があの時のあの木だなんて、気づきませんでした。
去年、花が咲きました。
びっくりです。
花の咲く木だったんです。
しかも、みごとな。
なんて、みごとな。
こんな木が庭にあったら素敵です。
と、夢に見るような木です。
が、ありました。
庭じゃなくて、家の裏の角だけど。
これは何年かぶりの花です。
そして、たぶん何年か分の花。
を、いっせいに咲かせて見せてくれました。
ウワミズザクラ。
名前、やっと判りました。
この木がいいと思いました。
この場所がいいと思いました。
私の家には道が2本あります。
表から上って来るのと、裏から上って来るの。
どっちで来ても、正面にあるのがこの木です。
この家の番犬を自認していたらしい犬には、良い場所だと思うのです。
この家を訪れる誰にでも、しっぽを振ってしまう犬だったけど。
そして、
私はこの木に「ただいま」を言います。
仕事から戻ると毎日。
「ただいま」
犬がいちばん喜んだ言葉です。