父の秋
庭のあちこちに椅子があります。

これは父のセーブポイント。
ちょっと歩くと疲れちゃうの。
疲れたら休みます。
そしたら私は、その辺の藪を払います。
雲を眺めたり、山を眺めたりしている父の側でね。
藪の中の宝石。

ヒヨドリジョウゴというらしい。
ヒヨドリが好んで食べるらしい。
ヒヨドリってどんな鳥?
スマホの野鳥百科(音声入り)を開いてみます。
「ヒーヨ、ヒーヨ」
すると頭上から、
「ヒーヨ、ヒーヨ」
全く同じ声が返ってきました。
野鳥百科に注意書がありました。
野鳥が仲間の鳴き声と間違う恐れがあるため、屋外での再生はご遠慮ください。
あら、ごめんなさい。
父にはヒヨドリの声は聞こえません。
じっと山の噴煙を眺めています。
さて、散歩の続き。

ここは勾配のある直線。暫くセーブポイントがありません。
頑張れ、父。
夜。
父の寝室にヒヨドリジョウゴを飾りました。
寝ている間にこっそりね。

起きて気づいたら、嫌がるだろうなぁ。
ワレモコウの日
藪の中の赤いボンボン。

これを少し切って、母の枕元に置いてみました。
母は1年前から寝たきりです。
私が大腿骨頸部骨折で入院している間に寝たきりになりました。
それまではなんとか歩けていたのです。
私の入院中、母にはショートステイを利用してもらいました。
家の近くの特別養護老人ホーム。明るい個室、親切なスタッフ。
で、手厚い介護を受けている2週間の間に歩けなくなりました。
なんで?
大腿骨骨折で寝たきりになる人は多いです。
ただし、骨折したのは私であって母ではない。
これはなかなか納得できない事態でしたが、それまで私が頑張っていたということでしょう。
はい、頑張りました。
母を寝たきりにしたくなくて、少しでも動いてもらおうと、宥め、賺し、恫喝もして。
今はあまり頑張っていません。
ショートステイから戻った母の要介護度は、1から4にあがりました。
正直、今の方が楽です。
齢をとると、人は次第に衰えます。
だんだんと機能を失って、坂道を滑り落ちていくのです。
━━上体を起こして座る、手摺につかまって立ち上がる、歩行器を使って歩く、
これが要介護1でできていたこと。
そして、日を追うごとに難しくなるのです。
「この間までできたことが今日はできない」時期がいちばんしんどかった。
━━テーブルの食器を手に取る、箸を使って食事を口に運ぶ、噛んで飲み込む、
母も私も「できない」に慣れなくて、いちいち腹を立てたり悲観したりしていました。
要介護1はそんな時期でした。
少しずつ機坂道を滑り落ちていく母を、無理やり引っ張り上げようとしていた私。
でも、その手を放して落ちるにまかせたとき、母が辿り着いたところは平坦で、案外に平穏な場所でした。
介護度が上がると、介護保険で利用できるサービスが増えます。
私が松葉杖を使っている時期に、ケアマネさんが訪問介護のプログラムを組んでくれました。
それまでの訪問看護と訪問リハビリに加えて、週9回の訪問介護が入ります。
これで、私は楽になりました。体も、気持ちも、楽になりました。
は、当然として、
母が元気になりました。
肌つやが良くなって、ときどき笑顔なんか見せたりもして。
ヘルパーさんがマンツーマンでたっぷり1時間、丁寧にケアをしてくれるのです。
何より、おしゃべりの相手をしてくれるのが嬉しいのです。
母の齢で新しい知り合いができる。みんなが母を大事にしてくれる。
なんとも贅沢なことです。
介護保険制度には本当に助けられています。
ここに電動ベッドとエアマットのリース料を加えて、母が払う金額は1月3万円。
負担割合は所得に応じて決まるので、これは1割負担の金額です。
つまり、9割を国が払ってくれています。
なんともありがたいことですが、こんな大盤振る舞いをしていたら、国家財政大丈夫?
日本は世界で最も「人が死なない国」のようです。
全国の100歳以上人口は、1963年は153人でした。
81年に千人を突破、98年に一万人を突破、2025年の調査では十万人に届こうとしています(99,763人)。
こういう事態を、ちゃんと予測して制度をつくったのかしら?
とてもそうは思えません。
うちの親は2人ともDNAR(Do Not Attempt Resuscitation:心肺蘇生措置をしない)の意思表示をしています。
人工呼吸も、人工栄養も、人工透析もしない方針です。
それでも、ほとんど医療的ケアを受けず、なかなかに長生き。
母94歳 要介護4、
父98歳 要支援2、
父は自分でご飯を炊いて食べています。お風呂も自分で沸かして入ります。
気が向いたとき(だいたいとんでもない時間)に食べたり入浴したりするので、勝手にやってもらっています。
何の話でしたっけ?
そう、ワレモコウ。

漢字では「吾亦紅」「吾木香」「割木瓜」などと書きますが、
私は「吾も請う」が好きです。実はずっと「吾も恋う」だと思っていたけどね。
この花を母の枕元に置いたら、ヘルパーさんが好きな花だと言うのです。
「めずらしいですね。お庭に咲いているのですか?」
「昔は山にたくさんあったのよ。ワレモコウが咲いて、アケビが生って、今頃の季節は山を歩くのが楽しかった」
そう、こういう話をするのが嬉しいのです。
なので、枕元の花はヘルパーさんにさしあげました。
「せっかくお母様が楽しんでいらっしゃるのに」
遠慮されたけど、
大丈夫。たくさんありますから。

箒にするくらいあります。
気に入ってくれた人みんなにあげます。
訪問サービスの方は何人もいて、不定期なローテイションでみえるのだけど、母は全員のフルネームを覚えています。
私は覚えきれません。
寝たきりの94歳より物覚えの悪い私です。
猫の目 続報
「猫風邪」を原因とする「感染性の角結膜炎」
ざくっと書いちゃったけど、
「猫風邪」には細菌性のものとウイルス性のものがあります。あと、複合性のも。
そして「角結膜炎」は角膜炎と結膜炎の両方を言うことば。
これ、適当に書いたのだけど、この子の目、結膜炎だけかと思っていました。結膜炎だけならいいな。
拾った翌日に駆け込んだ動物病院で抗生剤をもらって、3時間おきの点眼を2週間。
結膜の腫れは収まって、ぱっちり目が開き、かわいいお顔になりました。

でも、炎症は角膜にも及んでいて、これも治してあげたいのだけれど、
「うちではこれ以上の治療はできません」って。
「眼医者じゃないので」って。
えっ?
獣医さんって大変だなって、思っていました。個人病院で外科も内科も産科も眼科も耳鼻科も皮膚科も診るのじゃ大変だな。
でも、あるんですか?そういう切り分けが?
ネットで調べたら、日本獣医眼科専門医協会なるものがありました。なるほど。
でも、Google先生はこうも言っています。
AI による概要
獣医の診療科目は、一般診療から専門性の高い診療まで多岐にわたります。一般診療では、内科、外科、皮膚科、眼科などが含まれます。専門性の高い診療科目としては、循環器科、腫瘍科、神経科、整形外科、行動診療科、画像診断科、麻酔科などがあります。また、エキゾチックアニマルや産業動物を専門とする診療科もあります。
でも、まあ、その病院は角膜炎の治療はしないというので、他を探すしかないですね。
これもネットで調べます。
市内の動物病院で診療科目に「眼科」をあげているところがありました。HPも充実していて頼りになりそう。
に行こうと思ったのだけど、
予約が取れません。そこは完全予約制で、HPのリンクから申し込む仕組み。
なのだけど、システムの不調でしょうか、新患の登録ができません。
はやっている病院らしく、受付開始10分ほどで枠が埋まってしまいました。
いや、私は受付開始と同時に申し込んでいるんだぞ。
と電話で伝えても、「Web予約以外は受け付けません」ですって。
おかしいのはシステムじゃなくて、ユーザーだと信じ切ってる対応。
ここは諦めるしかないですね。
しかたがない、いつもの獣医さんに行きましょう。
いつもの獣医さん、うちの犬がずっと通っているところ。
もともとそこに行くつもりだったんです。仔猫が来た翌日が休診じゃなければね。
その病院はHPもなく、「眼科」診療をうたっているわけでもなく、予約制でもなくて、いきなり行って「診てください」とお願いしたら、ちゃんと診てくれました。ドクター2人で診てくれました。
診断は「猫風邪」を原因とする「感染性の角結膜炎」。
猫風邪は細菌とウイルスの混合感染。抗生剤は充分に効いているので、この先は抗ウイルス剤も加えて治療していきましょう。
投薬を行っていけばこれ以上悪くなることはなく、生活に支障のないところまで快復します。
ですって。
ただし、癒着した角膜は投薬だけでは治りません。
外科手術も選択肢の一つですが、全身麻酔が必要なので、もう少し大きくなってから考えましょう。
仔猫の全身麻酔はリスクがあるし、処置を急がなくても悪化する虞がないなら、
はい、そうしましょう。
紆余曲折のあげく、いつもの獣医さんに通うことになった仔猫。
ここでちょっと考えてしまいました。
以前私が住んでいた東京の多摩地区は、武蔵野動物・救命救急センターがあったし、東京農工大と日本獣医生命科学大の2つの大学病院もあったし、その全部がタクシー飛ばして3000円もしない距離。
高度医療、緊急医療が当たり前に受けられる環境でした。
それを当たり前と思っていた私だけど、全国で見ればすごく特殊。
普段は歩いて行ける獣医さんに通って、難しい問題が起きたときは直ちに高度医療機関に繋いでもらえる。
━━なんて、今の私からすれば信じられないほど恵まれた環境です。
どの獣医にかかるかで、この子の将来が大きく変わるかもしれない。しっかり選んであげたいと思うけど、成り行きもありますね。
それはこの子の運だと思うのです。
(ちなみに、犬にもいろいろな感染症があるけれど、あかちゃんのときにワクチンを打っているので問題なく育ってくれました)。
この子は運がいいのか悪いのか、、、
生後6週間で母猫とはぐれてしまったのは悲しいけど、目が塞がったままで野生で生きていくのは厳しかったでしょうし、

今はのうのうと寝ています。
休眠抵当権抹消登記 サイドストーリー②
抵当権抹消登記のStep1
登記簿を確認して抵当権者をつきとめる
登記簿謄本に書かれているのは抵当権設定の日付と抵当権者の住所氏名。
この「氏名」に心当たりがあれば、次なる展開に繋がるでしょう。
氏名には心当たりがなかったけど、住所に引っかかるものがありました。
○○郡◇◇村大字中△△
この△△という地名に覚えがありました。
子どもの頃(たぶん5歳くらい)、父に連れられて行った家。
玄関前にグミの木があって、赤い実をつけていました。子どもはその実が欲しくて、採っていいものかどうか迷って。
それが記憶に残っているのは、たぶん手に入らなかったのでしょう。
そこは「△△のおばあちゃんの家」。
奥の座敷に、静かでひんやりとした部屋に、「おばあちゃん」が寝ていました。この人は何年もずっと寝ているのだと聞きました。
だからお行儀よくしてなくちゃいけない。庭で虫を採ったり、グミを採ってはいけない。
「△△のおばあちゃん」は父の母の母でした。
祖母の戸籍謄本(筆頭者は祖父)で実家住所が判ります。
○○郡◇◇村大字下△△
ほら、ご近所。
偶然でしょうか?違う、と私は思いました。抵当権者のJさん、親戚かもしれない。
被災して困窮した高祖父は、まず親戚を頼ったはず。
ということで、祖母の出生地に向かいます。
戸籍謄本は1種類じゃないです。出生時、婚姻時、死亡時にそれぞれ書き変えられます。
戸籍法改正前を生きた人には改正原戸籍というのもあって、祖母の場合は4通。
今回は祖母の出生時の戸籍謄本(筆頭者は祖母の父)を取りに来ました。
狙いは「△△のおばあちゃん」。
この人の生まれは○○郡◇◇村大字中△△、そして出生の届出をした人の名は、、、どんぴしゃり、Jさん。
安政6年生まれ、昭和13年没。4男7女の父。他に養女1、婿養子1。
抵当権者のJさんでした。
これはちょっとドキドキな発見。
私の高祖父(父の父の父の父)がお金を借りたのは、私の高祖父(父の母の母の父)だったって。
いや、こんなもん、もっと早くに気づかない?
しょっぱな、私はJさんの戸籍謄本を調べています。
そこにJさんの娘の名前が載っているんだが?
━━それが、まあ、気づかなかったんです。
だって、昔の戸籍謄本は読みにくい。そして、Jさん大所帯(今数えたら27人所帯でした)。
必要なのは相続権を持つ長男の情報だけだもん、見たいものだけ見て、他はスルーしましたよ。
そこで、今さらドキドキするわけです。
私の高祖父(父の父の父の父)がお金を借りたのは、私の高祖父(父の母の母の父)でした。
この発見を父に伝えると、父の記憶にもいろいろ蘇るものがあり、
そういえば祖母方の親戚に面倒見のいい人がいた。
高祖父(父の父の父の父)は借りたお金を長いこと返さずにいた。
祖父(父の父)はそういうの許さない人だったので、無理をしてでも返したはず。
いや、無理をするほどの額ですか?
明治45年の官吏年収350円。30円ならさっさと返せの額ですが。
やっぱり父の父の父の父、でたらめな人でした。
そしてこんなものが出てきました。
父の母の母の父から、父の父の弟(家長が不在の時期、家を守っていた)に宛てた手紙。
この手紙に、登記について話をしましょうとあります。
その話し合いが実現していれば、90年後の私の苦労はなかったのかな?
父の父の弟は、この手紙を受け取った後、程なく亡くなりました。

父の母の母の父、美しい字を書く人です。
うちの高祖父(父の父の父の父)がご迷惑をおかけしました。ごめんなさい。
休眠抵当権抹消登記 サイドストーリー①
父の生家の登記簿です。3年前に取得したもの。

明治45年3月5日所有権保存登記。同日で抵当権設定登記。
これはおそらく、抵当権を登記するために所有権を登記したということで、この家がいつできたかは、この書類では判りません。
私はずっと、明治45年の築だと思っていたけど、間違い。
じゃ、いつできたの?
父も「知らない」そうです。ただ、
「大風で倒れた木をかき集めて建てた」
「その前は隣地に二階家があった」
ことを教えてくれました。そして、
「郷土史を調べれば判るかも」
それほどの大風なら、郷土史に記録があるかも。
ありました。
1902(明治35)年9月28日大型台風が襲来し、大暴風雨で神社や寺院の大木は根こそぎ抜かれ、住家や学校は壊され大洪水となり、橋梁も道路も寸断された。郡内の被害は死傷者26人、全半壊住家590棟、破損2,474棟、その他の家屋全半壊339棟、破損4,480棟。
きっとこれ。
この記録を父に見せると、超高齢の頭からもう一つエピソードが発掘されました。
祖父が子どもの頃のことですって。
台風が来て、二階の雨戸を閉めようとした祖父は、雨戸ごと風にあおられ、井戸のあたりまで飛ばされた。
これが明治35年の台風なら、祖父5歳。
ミュージカル「オズの魔法使い」の初公演が1902年というのは、まあ関係ない話です。
ということで、
父と私は以下のように結論づけました。
明治35年の台風で、それまで住んでいた二階屋が壊れ、その辺に散乱する倒木でこの家を建てた。
そしたら、抵当権の説明もつきます。
被災して生活に困窮した高祖父が金30円の借金をした。
これまで私、高祖父はでたらめな人だから身代を傾けたと思っていたけど、被災なら仕方ない。
実は高祖父はでたらめな人だったらしいけど、被災だから仕方ないと思うことにしよう。
年寄りと話をするのは、けっこうしんどいです。
大声を出さなくちゃいけないし、話題がぐるぐる輪廻するし。
うちに来る介護サービスの人たちは上手に話を聞いてくれるけど、私はそういうのダメで、
だから、ぐるぐる輪廻の中から思いがけないものを発掘したときは、宝物のように拾い上げ、私の頭に移植します。
明治35年の台風は各地に大きな被害をもたらした。
高祖父一家は二階家を失った。
大切に育ててきた杉も根こそぎ倒された。
その倒木を集めて新しい家を建てた。
大家族が住むには小さすぎる家だけど、そういえば裏にもう一戸家があった。
昭和の半ばまであったその家は、登記簿の記録もない。
借金の抵当に入れるのでなければ、登記なんてしなくていい。
祖父は戸板ごと空を飛んだが、ぶじに生き延びて父の父になった。
ということで、この家の築年は明治35年から45年の間のいつか。
いっぱい話をして、なんかいろいろ思い出して、お酒がおいしい、月もきれいだ、よかったね。
ということがありました。桜の花の頃でした。
ところで、毎年6月になると市の資産税課から納税通知書が送られてきます。
そこにこの家の築年が書いてありました。明治38年と。
えーと、
この家は一昨年相続登記をしたので、去年以降、新たな所有者である父に納税通知が届くようになったのです。その以前は届いてなかったのだから知らなくても仕方ない。
その以前はどこに届いていたのかな???
ちなみにこの家の税額は0円です。
資産税課の仕事はこうです。
管轄区域内の家に新しくカーポートがついたり、物置ができたり、塀ができたりしてるのを発見すると、家屋係の人が現地に赴いて電卓を叩きます。「そのうち納税通知書が届くのでよろしく」と言って去ります。
管轄区域内の山林が伐採されて整地されて車がいっぱい並べてあったら、土地係の人が赴いて電卓を叩きます。
6月に届く納税通知書には、「しかじかの額を払いなさい」「文句があれば3か月以内に申し出なさい」と書いてあります。
この課税処分、登記の有無には関係ないです。資産税課は登記情報に拘らず、独自の調査ができるのです。
地目も登記情報に拘らず、好きに決めてしまえます。
「登記上は山林だから」と安心していてはいけません。資産税課が「宅地だ」と認定すれば宅地課税になります。
登記簿はいじってないのに、ある年税金が2桁上がっていたら、よくよく事情を調べてみるといいですよ。調べた結果、「宅地評価間違いでした。山林評価に戻します」となって、何十万か返ってくることもあります。私は返してもらいました。
ちょっと脱線しました。
要するに、資産税課は登記情報に拘らず、独自の調査ができるということです。
例えば実家を相続したとき、登記情報と現況に違いがあった時、資産税課が事情を把握している可能性が高いので、まずはここに聞いてみましょう。そしたらその後の手続きが楽になるかもしれません。
さて、父の生家。
思ったよりも7年古かった。
だからどうということはないけど、もういちど飲み直さないといけないので、今から酒屋に走ります。
猫の目
この猫、目が開いてないのだけど、
生まれたての猫は目が開いていません。
普通は2週間くらいで開きます。
で、この子、
2週間よりはだいぶん大きい。
ごはんを食べたらちゃんと歩けるようになりました。そう、ごはんが食べられるの。
なので生後1か月といったところ?
それで目が開いていないのは、ちょっと心配。
猫の目はとてもデリケートな器官で、先天的にも後天的にもトラブルが起きやすいのです。
ということを、なんでだか私は知っているの。
なんででしょうね?
齢をとるといろんなことを忘れちゃうので、いつどこで覚えたのかを思い出せない知識が突然頭に浮かんだりもします。
月曜朝いちで動物病院に行きました。
体重500グラム、生後6週間、少し熱があって、猫風邪に罹患しているとのこと。
この「猫風邪」を原因とする「感染性の角結膜炎」で目が塞がっているようです。
目薬と飲み薬をもらって帰りました。

夜道で車に轢かれかけた風邪ひきの子、目はほとんど見えてない、
でも、やんちゃ。

