猫アレルギーの人が猫を拾っちゃった話
日曜夜21時15分義息から送られてきた写真。

この写真に写っている人、猫アレルギーなんですよ。
それなのに、
車道の真ん中をよたよた歩いていたら、
危うく轢いちゃうところだったら、
そりゃ、拾っちゃいますよね。
近くに親猫の姿も見当たらなくて、
アレルギーなのに抱き上げちゃって、
で、その後は?
「どうしたらいいですか?」
奴らの魂胆は見えています。
「連れて行ってもいいですか?」
日曜だし、夜だし、その辺に営業中の獣医は見つからない。
マンションはペット不可だし、2人とも勤め人だし。
こんな小さな猫(どうやら目が見えてないらしい)の面倒みられるはずがない。
のに拾っちゃったんだってさ。アレルギーなのに。
困りましたね。うちには犬がいるのです。

ほら、

犬が困ってる。

休眠抵当権抹消登記
父の生家の登記簿です。3年前に取得したもの。

明治45年3月5日に所有権保存登記。
同日で抵当権設定登記がされています。
これはおそらく、抵当権を登記するために所有権登記を行ったということです。
この抵当権を抹消しろと、銀行が言うのです。じゃないとお金は貸さないよ。
20年を超えて放置されている抵当権は消滅・・・はしなくて休眠するの。
民法上は失効するけど、登記簿からは消えなくて。
この休眠抵当権、なんの意味があるのか判らないけど、こいつがいるとローンが組めないの。
時効が来ても消滅しないアンデッドな抵当権をやっつけるには抹消登記をするしかなくて、手順は、
Step1 登記簿を確認して抵当権者をつきとめる
Step2 抵当権者の戸籍調査を行い、相続人を洗い出す
Step3 相続人全員に手紙を送る
Case1共同登記によって抹消する
Case2供託によって抹消する
Case3裁判によって抹消する
となります。
では、やってみましょう。
Step1 登記簿を確認して抵当権者をつきとめる
登記簿謄本に書かれているのは抵当権設定の日付と抵当権者の住所氏名。
この「氏名」に心当たりがあれば、次なる展開に繋がるでしょう。
あるいは、この「住所」が「本籍」と一致していれば、そしてその人が戸籍の「筆頭者」であれば、戸籍謄本にありつけます。
私は「氏名」には心当たりがないので、「住所=本籍」に賭けました。この勝率はそれほど低くないです。
私の曽祖父など、公文書の住所欄にも本籍を書いてすましていたので、そういう時代なのでしょう。
そしてちゃんと、抵当権者の戸籍謄本を手に入れました。
安政6年生まれ、昭和13年没。4男7女の父でした。他に養女1、婿養子1。
今からこの人をJさんと呼びます。
Step2 抵当権者の戸籍調査を行い、相続人を洗い出す
4男7女と養女・婿養子の相続人(子、孫、曾孫)は何人になるのでしょう?考えるのも恐いけど、
でも、時代は旧民法。Jさんの財産はすべて長男が相続しています。
ここからはJさん長男の相続人調査。やることは同じなのでこちらを参照してください。
相続関係説明図

Jさん長男の子どもは5人。うち3人が親より先に亡くなって、相続権を持つ子は2人。その2人の相続人が合わせて3人。
覚悟していたよりはるかに少ない。
でも、大変でした。
Step3 相続人全員に手紙を送る
110年前、私の高祖父があなたの曽祖父からお金を借りて抵当権を設定しました。その抵当権はとっくに時効になっているけれど、消滅しないで休眠しています。
あなたはその抵当権の1/3を相続しています。私はこれを抹消したいので共同登記に協力してください。
という趣旨の手紙です。受け取った人、たぶん意味が判らないよね。
抹消登記の手続きはなかなかに複雑で、エレガントに説明するのは難しいです。
どこがどう複雑かというと、いろんなケースがあるからです。
抵当権の抹消登記は抵当権者と不動産所有者が共同で行うのが原則。なので、
①抵当権者を探し出して、②連絡をとって、③共同登記への協力をお願いする、のですが、
①抵当権者を確定できるか、できないか、
②確定したとして、連絡がつくか、つかないか、
③連絡がついた場合、抹消登記に協力してもらえるか、もらえないか、
それぞれで共同登記、供託、裁判という手段をとることになります。
共同登記
抵当権者の皆さんが登記に協力しますと言ってくれたら、「抵当権の消滅を認める書類」を発行してもらいます。
これさえあれば抹消登記簡単。
供託
借金を返したいのに返す相手が見つからない。このままでは永久に抵当を外せない。困った。
時は、用意したお金を国に預けて、返済がすんだことにしてもらう制度です。
これで単独で抹消登記ができます。
裁判
共同登記への協力をお願いしたけど拒否された。相手の気が変わるか、相手が代わるのを待つしかないの?
時は、抵当権者を被告として、「抵当権抹消登記手続をしなさい訴訟」を起こします。
この訴訟に勝って、単独で抹消登記をします。
本音を言うと、共同登記より供託の方が楽なのだけど、これは②連絡がつかない場合の救済処置なので、まずは連絡を取りましょう。
そして③で協力を拒否されたら裁判です。裁判と言っても難しいものじゃなく、私は絶対負けない自信があるので、いちばん面倒なのが共同登記だと思うな。
とにかく、手紙を出さなくてはいけません。受け取った相手が不愉快になるの確定の手紙。
司法書士って、こういう時のためにいるんだよね?
私が出したら滅茶滅茶胡散臭い手紙の、胡散臭さを緩和するため、司法書士を頼みました。
若くて、まじめで、熱心な人。よい人に巡り会えたと思います。
それでも、やっぱり大変でした。
司法書士事務所の素敵な封筒に入れて送った手紙に反応してくれたのは1人。その方からもう1人に繋いでもらって、さて、残る1人はどうしましょう?
住所は判るけど電話番号は判らない。こういう場合、会いに行く必要があるらしいけど、かなり遠方。行っても会えるとは限らない。住民票の住所に住んでいるとは限らない。旅行中だったり、入院中だったりするかもしれない。
そもそも、そこまでする必要がありますか?
金30円のために?
いや、30円は元金で、ここに利息が付きますね。年15%で110年。ではいくら?
利息計算
元本30円、年利15%、で110年。計算します。FV=PV×(1+R)n、
の答えは、
3億9679万3400円。
何ですか、この冗談みたいな金額。
もしあなたが3億9679万3400円の債権の1/3を持っていたら、
「抹消してください」言われたら、
どう答えます?
「はい、了解」と?
手紙の主は「すでに時効が成立しています。債権の執行はできません」
とか言うけれど、だったらなぜ、いかめしい書類作って「抹消しろ」とか言うの?
なにかあるのかもしれない。私の1億3226万4466円を手に入れる方法が。
・・・とか思うかも知れません。
ここはばっくれるしかないですね。
相手は自分が抵当権を相続したことを知りません。知らないはず。
わざわざ「抹消してください」なんて藪蛇なこと、言っちゃダメ。
ごめんなさい、ノリで書いてしまいました。実際はこんなことにはなりません。
休眠抵当権の利息は単利です。計算式は、
元金額(30円)×利率(0.15)×債権成立の日から弁済期までの期間(110年)=495円。
ちなみに、物価の変動とか、貨幣価値の変化とかは考慮しません。
仮に、相続人と連絡がつかなかったら、供託という手段が採れたわけですが、その場合の供託金は
元本30円+利息495円=525円。
この金額を「登記・供託オンライン申請システム」で払えばいいの。なんと簡単な。
連絡は、はい、つきました。
ご自宅に突撃しました。うちの若いのが。
道路があればどこにでも行く、1日や2日なら車中で張り込みもする、の覚悟で行ってもらいました。
そしてなんとか、先に繋げることになりました。
相手にも司法書士を立ててもらって、私の司法書士と話をしてもらう、の条件で。
もちろん、相手に負担は掛けられないので、費用はすべて私が払わせていただきます。
これね、相続人が3人しかいなくて、全員の所在が判ってしまったから、却ってめんどうになっちゃったのかも。
「登記・供託オンライン申請システム」使ってみたかったな、私。
ということで、たくさんめんどうをして、人迷惑をして、抵当権抹消登記(共同登記)完了です。

抵当権抹消の原因は時効でもよかったのだけど、弁済にしました。
この手続きを始めてから完了まで9か月。その間に判ったことがいろいろあって変更しました。
判ったこと
①借金の理由
②債権者と債務者の関係
は完全に内輪の話です。
誰も興味はないだろうけど、書きますね。サイドストーリー①②
相続登記について書きます(後編)
令和5年1月10日所有権移転。

何をどうしてこんなことができたのか、を書きましょう。
実は私、こういうものを持っていました。

50年前に作られたもの。
ここに曾祖父の相続人全員(当時)の戸籍謄本、住民票、印鑑証明書、そして相続分不存在確認書が綴じてあります。
相続分不存在確認書
「私は(私の母は、私の祖父は)被相続人から生前に財産の分与を受けているので、遺産としていただく分はありません」の証明書。
最近は流行らないようですね。
昔は遺産分割協議より人気のある方法だったようです。
人生の大半を家父長制の家長として生きた曽祖父は、弟の学費を出したり、妹の嫁入道具を整えたりしました。
それは家長の務めとしてやったことだけど、新民法では生前贈与と解釈されます。らしいです。
最近流行らなくなったのは、弟妹の面倒を見るのが長男の義務じゃなくなったから、かな?
とにかく、
このアイテム(チート)があれば、ダンジョン攻略できるじゃない。
これに登記申請書を添えれば、廃屋の名義を高祖父から父に変えられます。
ところでなぜ、これがあるわけ?
そしてなぜ、廃屋の名義変わってないの?
50年前、この一帯で大規模な開発事業が行われました。
橋を架け替え、道を整備し、何百区画もの宅地が造成されました。学校が建ち、公民館が建ち、美術館が建ちました。
その一連の事業に、うちの土地がかかっていました。
「○○番地の池を提供してください」
市役所が言いました。
はい、池です。大きくてきれいな池。
「提供します」
父が言いました。
でも、池の登記が明治時代のまま。
それではご提供できないので、ご提供頂きたい市役所があれこれしました。
相続関係の洗い出しなんて、市役所の手に掛かれば1日でしょう。
私がやったら1月かかります。お金も万の単位でかかります。古い戸籍謄本って高いのよ。
そして父は、市役所の用意した「相続分不存在確認書」を持って、1人1人にハンコをもらいに行きました。
「大変だった」父は言います。ああ、そうですか。
この時点の相続人は大叔父と大叔母、いとこ、いとこの子、そして甥(小学生)。
みんな知ってる人じゃないですか。小遣いもらったり、宿題見てやったり、出産祝いをあげた人。
気管切開の老人はいないし、シェルターに保護されているDV被害者もいない。
なら、みなさん快く署名押印くださったでしょう。
後ろには市役所がついているのだもの。
こうして、明治時代の土地の登記簿は書き換えられました。
池だけじゃなく、高祖父の土地全部がね。ついでだからね。
でも、土地だけ?
私なら言います。
「ついでだから家もやってください」
父は・・・言わなかったのね。それほどずうずうしくなかったのね。
市役所から感謝状もらって、肩の荷を下ろした(つもりになった)父は、自宅に帰っていきました。
この家は父の生家であって、住家ではなかったの。
住家は少し離れたところにあって、そこにはかわいい妻子と、山積みの仕事が待っていたのです。
そして50年後、この綴りが再び法務局に持ち込まれました。
それでもね、簡単じゃなかったんです。
簡単じゃなかった理由は、書くのも簡単じゃないので端折るけど、
110年の間にこの家が増築されていて、増築部分の所有権が誰にあるかをはっきりさせろと言われて。
それがけっこう面倒でした
増築なんて、当時の住人がやったに決まっています。たぶん曾祖父。
でも、たぶんじゃ許してくれないの。証拠を出しなさい。証拠がないなら作りなさい。
住民票とか名寄帳とか、あればいいのだけど、とっくに廃棄されてるの。
役所が廃棄したものを、役所が提出しろと言う理不尽。
私はご近所の人に頭を下げて、この家が増築された時のいきさつを証言してもらい、署名・押印、印鑑証明をいただいて提出しました。
ご近所の人も、当時のいきさつなんか実は知らない(まだ生まれてない)のだけど、亡祖父から伝え聞いているとか何とか。
2024年、相続登記が義務化されました。
何度も言うよ。これ、もっと早くにしてほしかった。
今からじゃできない人もいるかもしれない。今の登記手続きのままじゃね。
秘蔵アイテムのおかげで私はできたけど。それでもそれなり大変でした。
それなり、ね。難易度☆☆☆。
実はもっと大変なことがありました。
難易度☆☆☆☆☆休眠抵当権の抹消登記については、いつか書きます。
ところで、池。
くだんの池は今もあります。

市はこの池を埋め立てたりせず、公園の一部にしました。
なので、私はちょっと嬉しい。
相続登記について書きます(前編)
ある人に親が2人います。祖父母は4人、曾祖父母は8人。
さて、その人は曽祖父母全員の名前を言えるでしょうか?
私は言えません。
逆をいってみましょう。
ある人に子が3人います。3人の子にそれぞれ3人の子がいて孫は9人。9人の孫にそれぞ3人の子がいたら曾孫は27人です。
親の数は2人と決まっているけど、子の数はいろいろだから、これは一例。
何の話をしてるのかって?相続登記です。
2024年4月、相続登記が義務化されました。
相続登記をしないと、その不動産は「相続人全員の共有財産」となります。
相続登記しないで放置を続けると、相続人の相続人である子どもや孫も不動産の所有者となります。
不動産を相続する権利は消滅しないので、放置した年数分、権利関係が複雑化します。
複雑化して手に負えなくなった不動産が全国にいっぱい。
そしてもう一つ、深刻なのがこれ。
相続登記がされないこと等により、以下のいずれかの状態となっている土地を「所有者不明土地」といいます。
- 不動産登記簿等を参照しても、所有者が直ちに判明しない土地
- 所有者が判明しても、所有者に連絡がつかない土地
この面積が、国土のなんと24%。って、本当ですか?
どうやら本当。
https://www.moj.go.jp/content/001369525.pdf
それじゃよくないということで、
2024年4月月、相続登記が義務化されました。
一言、言わせてもらいます。
今さら?ですか?
1947年5月3日、新民法が施行されました。
その以前の日本は家父長制、家督相続です。
家督相続のルールは「財産全部長男総取り」。シンプルです。
複雑になったのは新民法になってから。
新民法では配偶者が最優先の相続人となります。次が子。子がいない場合は親。子も親もいないときに兄弟姉妹。が法定相続人となります。
といって、なにがなんでも法定相続で分ける必要はなくて。
不動産の中には分けられないもの、分けちゃダメなものがあります。相続人の中には「あいつにだけは渡したくない」嫌われた人もいたりして。
そういうときは、遺言や遺産分割協議で案配します。
ねえ、そしたら、複雑になるの判るでしょ?判ってて、なんでさっさと義務化しなかった?
「義務じゃないならしなくていい」善良な国民の多くがそう考えました。
私の祖父と、父も善良な国民です。
こちら、父の生家。

の、登記事項証明書。3年前発行のもの。

明治45年に高祖父が所有権保存登記をしました。
それから110年。高祖父の所有権が保存されたまま。
・・・これを遡って登記しろと言うんです。法務局が。今さら。
この家は①高祖父から曾祖父、②曾祖父から祖父、③祖父から父、が受け継いできました。
①は旧民法なので、登記に問題はありません。登記官に「家督相続です」と言えば了解してくれます。
②が発生したのは1953年、新民法施行の6年後。
ですが、祖父の頭の中は旧民法のまま、他の相続人(大叔父と大叔母)の頭の中も旧民法のままで、あっさり「長男総取り」になりました。
いいんです。新民法でも「長男総取り」していいの。みんなが納得したならそうしなさい。ただし、登記はしてほしかった。
さて③。
祖父には子が3人いましたが、2人が親より先に亡くなりました。なので、相続人は祖母と父の2人。
ではなくて、
親より先に亡くなった叔父には子がいました。相続発生時はまだ赤ちゃん。この赤ちゃんに代襲相続の権利があります。
そこで、祖母と父と赤ちゃんのお母さんが話し合い、不動産は父のものとなりました。
いいでしょう、赤ちゃんには市街化調整区域の再建築不可の古家よりましなものが渡ったなら、その方がいい。
でも、古家の登記はしてほしかった。
ということで、この②と③の相続が登記上は無効なので、遡って登記しないといけないの。今さら。
・・・できるかな?
Step1 相続人調査
相続登記をするために、最初にするのは戸籍調査です。
こちら、曾祖父の戸籍謄本。

最初の行は「本籍」と「前戸主」。ここに高祖父の名前があって、
次が「戸主」の項目。ここに家督相続の記述があります。
(なるほど、戸籍謄本に相続の記録が載るのね)
さて、その後に妻と9人の子ども達、そして長男の妻と子(孫)、三男の妻と子(孫)、更に亡叔父の妻と子(甥姪)までが、同じ戸籍に入っています。
これが旧時代の家制度。
ところで、昔の戸籍謄本は読みにくい。
家督相続があったのは大正拾壹年ですって。拾壹年読めません。
そのうえ、昔の戸籍謄本、ときどき嘘が書いてあります。
祖父の戸籍謄本では、父は私の知らない人と結婚したことになっています。私は一瞬狼狽したけど、事務官の人の誤記でした。
「よくあることだ」父は平然と言いました。いや、私は平然じゃなかったよ。
さて、この戸籍謄本から芋づるで相続人を洗い出します。
こういうものを作ります。
相続関係説明図

ここに書いてある全員の戸籍謄本を集めます。
ここで疑問。
戸籍謄本って、簡単に取れるの?
普通に戸籍謄本が取れるのは、本人と配偶者、直系尊属、直系卑属です。
兄弟姉妹は取れません。委任状があれば取れるけど、亡くなった人からは委任状がもらえないので、私は姉の戸籍謄本が取れません。
のに、はるか遠くの親戚の戸籍謄本が取れちゃうの?
はい、取れます。
戸籍謄本の第三者請求
戸籍に記載されている本人、配偶者、直系尊属(父母、祖父母)、直系卑属(子、孫)以外の第三者でも、自己の権利行使や義務履行に必要な場合など、正当な理由があると認められる場合に、戸籍謄本の交付が請求できます。
相続手続きは「正当な理由」になるので、知らない人の戸籍謄本が貰えてしまいます。
これ、ちょっと気持ち悪いよね?逆の立場なら?
知らない人があなたの戸籍謄本を取得していたら?
そしてあるとき手紙が来るの。
「その昔、あなたのひいおじいさん(私の曽祖父でもあります)が亡くなった時、きょうだい5人で協議して、持家を長男(私の祖父)が相続することに決めました。でも、相続登記をしなかったので、他のきょうだい(の1人があなたのおばあさまです)の相続権は消滅していません。あなたのおばあさまの相続権は全体の1/5です。その1/4(全体の1/20)があなたのお母様に引き継がれ、お母様の相続権の1/3(全体の1/60)をあなたが引き継いでいらっしゃいます。
現在この物件は24人の共有となっていますが、このままではやっかいなので、相続登記をします。つきましては、遺産分割協議を行いますので、ご協力ください」
意味が判りません。判らないなりに気持ち悪い。
嫌ですよ、私、こんな手紙書きたくない。
Step2 遺産分割協議
はい、遺産分割協議です。
相続登記をするために遺産分割協議を開きなさい、と法務省が言うのです。
遺産分割協議には相続人全員の参加、全員の意見の一致が必要だそうです。
・・・それ、本気で言ってます?法務省さん?
気管切開して毎日数十回の痰吸引を受けている従伯父(じゅうはくふ)とか。卒業研究のために何週間も実験室に泊まり込んでいる再従弟(さいじゅうてい)とか。夫のDVにあってシェルターに逃げた再従姉(さいじゅうし)とか。大腿骨骨折で寝たきりになって認知が衰えて息子の顔が判らなくなった従叔母(じゅうしゅくぼ)とか。
がいたとして。その全員が参加?で、全員一致?
・・・なんてことを、まさか本気で?
でも、よく調べたら、実際に会合を開く必要はないの。
法務局に提出するのは「遺産分割協議書」だから、全員が同意できる協議書(案)を用意して、全員に同意してもらい、署名・押印してもらい、印鑑証明書と住民票をいただいて法務局に提出すればよい。
・・・なるほど、それならいける?かな?
気管切開の従伯父は気難しくなっているかもしれない。実験室の再従弟にはNaClを撒かれるかもしれない。シェルターの再従姉には連絡がつかない。認知が衰えた従叔母は法的責任能力が怪しい。
・・・
この辺で冷静になりましょう。
そもそもなぜ、相続登記をするのか?です。
2024年に相続登記が義務化されました。
この義務に反すると10万円以下の過料が課せられる可能性があります。
猶予期間は3年です。3年以内にやりたまえ。
可能性、ね。そんなもの怖くないですよ。どうせうんと低いに決まっています。
それでも、払えと言われたら払いましょう。
手続きに掛かる手間と費用、人迷惑度合いを考えれば、10万円なんて安いもの。
ということで、今回は私、人迷惑なことはしませんでした。
気持ち悪い戸籍調査はしてないし、意味の判らない手紙も書いていません。
でもね、

令和5年1月10日所有権移転。
できちゃったの。うふふ。
ぎりぎりの家
1969年、都市計画法が施行されました。
そして、この一帯は市街化調整区域になりました。
市街化調整区域では一般的に建物の建築は許されません。
公共事業とかは別です。これは個人の話。個人が家を建てるとかの話。
個人で家を建てていいのは、
農林漁業の従事者とその分家
農機具販売店や雑貨店など「沿道サービス」を行う人
あと、古くから住んでる人は住んでてよくて、家が壊れたら建替えていいです。
なので、例えばうちの自治会(51戸)は、農家とその分家、先祖の代からいる人たち、ばかり。
古い因習が残りがち。
こういう法律を作ったらそうなります。
この点については私、過去にいっぱい怒っているので今回は怒りません。
私の家

市街化調整区域にある新しい家。
これを建てるの、滅茶滅茶めんどうでした。
畑5,000㎡を耕すとか、滅茶滅茶めんどう。
二度と同じことはできません。
廃屋

私の家の裏にあります。父の父の父の父が建てました。
めんどうな法律ができる前、簡単に建てました。
大風で倒れた木を集めて建てたそうです。
この廃屋を建て替えたいと思いました。
けど、
1950年、建築基準法が施行されました。
そのときから、この家は再建築不可物件です。
解体して更地にすると、この土地には二度と家は建てられない。
なぜって、接道がないからです。
これ ↓ は道路じゃないって、市役所が言うからです。

この点については私、過去にいっぱい怒っているので今回は怒りません。
でも私、もう一戸家がいるの。
両親がすごい年寄りなのです。
2人はここから少し離れたところに住んでいて、すごい年寄りになっていて、この2人をどうしましょう?
検討した結果、「ここに連れてくるしかない」になりました。
まず、母が「施設に入れてくれ」と言いました。そしたら、父は1人になっちゃう。それは無理。
父も施設に入ってもらう?は資金的に無理。
だからといって、新しい家を用意する?すごい年寄りのために?
なんて考え、どうして思いついたのでしょう?私?
この年寄りには孫がいます。
2人いるうちの1人が、この廃屋を欲しがっていました。子どもの頃からです。
「いつか、大人になってお金持ちになったら、この家を直して住む」
今も言っています。
「ここなら車がいっぱい置ける」
では、そのいつか、今にしましょう。
いえ、「直す」の方だけね。「住む」のはちょっと待って。
大人になってもお金持ちにはなってないので、おじいちゃんにも資金を出してもらいましょう。
そして暫くはおじいちゃんおばあちゃんに住んでもらいます。
ということで、

と思う人がいるかもしれません。
でもこれ、リフォームですから。
新築じゃないし、再建築でもないからね。
ぎりぎりでした。
2025年4月、建築基準法が改正されました。
リフォームも難しくなりました。うんと難しくなりました。
今ならまず、こんなふうにはできません。
いや、知らなかったんですけどね。
私が急いだのは、両親がすごい年寄りだからです。
年寄りはエアコンを使うのを嫌がるのです(うちだけじゃなく、ご近所の老人もです)。
「暑いときは窓を開けて風を通せばいい」って、地球環境の変化をまるで無視。
他にも、
お風呂で寝ちゃうとか、こたつで寝ちゃうとか、畳の縁に躓いて転ぶとか、ちょっと転んだだけで脱臼するとか、それでも病院に行かない(行けない)とか、
呆れるほどたくさんの薬を飲んでる母の、その薬の一部が二重処方だったとか、
だから、急ぎました。工務店にお願いしました。
「裏の廃屋を人が住めるようにしてください」
「年寄りが生きているうちにしてください」
資金の目処もないのに、
「とにかく工事してください」
孫がローンを組めば何とかなります。
年寄りの家を売れば何とかなるはず。
でも、ローン申請なかなか通らず・・・
家なかなか売れず・・・
お金が揃ったのは工事完了の1月後。
それでも工事完了の日、
「早くおじいちゃんおばあちゃんを招びましょう」
中身はこんな。

土間も囲炉裏も蚕部屋も無くなりました。
でも、

納戸は残しました。この、右の扉の中。
ここに古い物が置いてあります。
昭和の米穀通帳とか、明治の戸籍簿とか、もっと昔の古文書とか、
高祖父の硯、曾祖母の簪、誰のか判らない黒紋付、
古い家の中身が詰まっています。
窓から見る景色。

この景色を、年寄りは飽きずにずっと見ています。
Birds of a feather
呆れたもんです。
3年です。
3年放置していたブログに戻ってくるとか、誰も思いませんよね。
私も思いませんでした。
書けなかったのです。
なぜだか書けなくなりました。
元気、でしたよ、おおむね。
コロナにかかったけど、速やかに治りました。大腿骨を折りました。なんと2回も。でも治りました。
おおむね元気でいました。
書きたいことがなかったのではなく、むしろたくさんありました。
でも、
なぜだか書けなかったのです。
なぜなのかは、ちょっと説明できません。
そして、もう書くつもりもなかったの。
でも、
「車が直ったことを書いてください」
義息が言うのです。
義息ができました。娘が結婚しました。[ニュース①]
この人、

隣のガレージによくいます。
(写真は本人提供です。私が選んだんじゃないからね)
ガレージがあります。ガレージハウスを建てました。[ニュース②]

ここにはいずれ、車好きの若い人たちが住みます。
今は年老いた人たちが住んでいます。[ニュース③]
父97歳、母93歳。
の、残りの時間をここで過ごしてもらいます。
他にもニュースはあります。
姪が結婚しました。
美術館を退職しました。
大腿骨頸部を骨折しました。
大腿骨骨幹部を骨折しました。
とか、いろいろ。
いろいろ、あるのに、
「車が直ったことを書いてください」
って、義息が。
車?ですか?
君たちのことを差し置いて?
ガレージハウスのことも差し置いて?
私の生活をすっかり変えてしまった両親のことも差し置いて?
いいでしょう。書きましょう。
義息に言われちゃったらね。
この車、

スバル インプレッサ GF-GC8 トミー・カイラチューン 1999年製
が、また、走れるようになったそうです。
3年かかりました。
数か月、県内の業者に預けて「できるだけのことはしました」返され、
数か月、県外の業者に預けて「できるだけのことはしました」返され、
その業者を探すのも大変だったのに、お金もたっぷりかけたのに、
ちゃんと走れるようにならなくて。
でも、うちの子すごく諦めが悪いのです。
「だったら後は自分たちで直す」
自分たち・・・一人称複数形。
Birds of a feather flock together(類は友を呼ぶ)
車好きにもいろいろあって、
峠をドリフトで攻める属、
湾岸をミッドナイトに飛ばす属、
岩の上、砂の上、雪の上、なんなら水の中でもとにかく走る属、
めちゃくちゃ高価なスーパーカーを羨望のまなざしをあびながら走る属、
とかあって、これらには分類学上の区分があります。
うちの子はサーキット属。の中のジムカーナという競技をする種。
車好き類、サーキット属、ジムカーナ種。
同じ属のレース種ほど命懸け度は高くなく、車もそれほど壊さない、ことになっています。
・・・ことになっています。
この属・種の近い連中がネットワークを持っていて、
「いついつ何々の作業をしたい」SNSに投げると、「俺にもいじらせろ」集まって来るのです。
東京から、千葉から、静岡から、愛知から、来るのです。
私の家は合宿所になりました。
老女が一人、ひっそり暮らすために建てた家なのに、、、
そんな合宿が10回もあったでしょうか?20回かもしれません。
走行会合宿、スキー合宿、とかも混ざって、よく判りません。
参加メンバーは固定してなくて、「卒業がやばくなった」来なくなったり、「面白いやつがいる」連れて来られたり。
義息は途中からの参加者です。長距離を駆け付けた同属同種。
時間が掛かりました。
理由はいろいろだけど、「部品が集まらない」が大きかったと思う。
1999年式の車、メーカーの部品供給は終了しています。
なので、
ドナー①

筐体の一部をいただきました。
ドナー②

こちらは内臓をごっそり。
当初のつもりでは、ドナーは1台で済むはずだったの。
ドナー①を業者に預けて、いっぺんは直った感じで返ってきたの。
それが、ちゃんと走ってくれなくて。
家の周りに不動のインプレッサが3台。
私、ここに家を建てる時、廃車を撤去したんです。
苦労して撤去したんですけどね。
類が友を呼び、事故車が廃車を呼び、、、
そして時間が積み上がり、
ある日、義息が言いました。
「GC8直りました」
って、本当に?
本当にまた、こんな風に走れるの?

この姿、義息がとても見たいはず。

彼は見たことないのです。
だから、
「車が直ったことを書いてください。彼女、すごく頑張ったんです」
そう、彼女と、彼女の「自分たち」。
同じ羽の鳥たちが。

